「家庭教育の視座」
家庭教育とは「家庭における親による子どもの教育」と言われますが、その意味するところについて考えてみたいと思います。子どもは生まれる場所も親も時期も選べません。本人の意思の介在しないところで強制的に決定されるという意味においてほとんど暴力的に生を受けます。生まれてくる家庭によって親の価値観や家庭環境も異なり、子どもはその家庭の文化を身につけて育ちます。成長とともに社会教育や学校教育の影響もありますが、基盤となるのは家庭です。したがって親による子どもへの教育は子どもの生涯にわたって影響があると言っても過言ではありません。このことは、イギリスの精神科医J.ボウルビィも明らかにしています。子どもが親からの影響を受け取る側であるならば授ける側の親の教育はどこでどのようになされているのでしょうか。残念ながら八洲学園大学以外にわが国の教育機関として家庭教育を学べる場所は存在しないのが現状です。このような中、私たちは八洲学園大学で家庭教育について四年間の学習を経て家庭教育アドバイザー資格を取得し家庭教育支援協会を設立し今日に至っています。
このように「親による子どもの教育」の前に教育する側である親について考えなくてはならないことがおわかりいただけたと思います。さて、ここでいう親とは父親、母親あるいはその代理人を指しますが、現代の子育てはジェンダー役割分業に拘束されているのが実情です。男女平等参画社会が提唱されて四半世紀以上になりますが、いまだその目標は達成されておらず、日本は先進国の中でも女性の活躍の低さが目立ちます。それどころが「女は家庭、男は仕事」に加えて女は家庭も仕事もと二重の役割も維持されています。このような状況において私たちが家庭教育の必要性を叫べば叫ぶほど、母親つまり女性の役割や責任にますます収斂(しゅうれん)されていってしまうジレンマにあります。
ではどうすればこのジレンマを回避しつつ家庭教育の向上を図ることができるのでしょうか。それには家庭教育を子どもの自己実現と親の自己実現のトレードオフにしないこと。つまり、現時点で子育ての主体となっている母親自身の自己実現を図ることも視野に入れるべきと考えます。もちろんこれまで以上に父親の育児参加も不可欠ですし、女性が育児と仕事の両立ができるような社会環境の整備も求められます。専業主婦の育児不安のほうが有職者の母親よりも高いというさまざまなデータからもわかるように、子どもと24時間向き合う母親のほうがストレスがたまりやすく自己実現が為されにくくなっています。さらに貧困の問題もあります。貧困の背景にはジェンダー格差や世代間連鎖があり、これらの問題が重層構造を帯びるとき虐待問題も起きやすくなります。
以上のようなことから私たち家庭教育支援協会の目指す家庭教育は、子どもへの教育とともに、自分自身の自己実現も為すことのできるものでありたいと思います。女性が仕事か家庭かの二者択一ではなく、どちらも選択可能な社会が実現できたとき、はじめて本当の意味で家庭教育が広く人々に受け入れられる日が来るのではないでしょうか。その実現に向けて私たちは「親として何を子どもに伝えるか」と「自己と他者それぞれの自己実現としての子育て」の視座から思索を巡らし、実践に繋げていくべきでしょう。
理事長 二川早苗